サロンの作家たち ◆蛍先生の部屋◆

 

この方は フォークロアな話をお持ちの方で、この方が文字にスムーズに変換出来ないと仰る『もどかしさ』が、またリアルな感じがして好きです。フォークロアな『フォーク』の話。

サロンにいらして下さったお客様で、この蛍さんの話しがすげ気になったという方がいらしゃいました。そのメールを許可を得て掲載しようと探したのですがあいにく消えてしまったようで見つからず、思い出し、書き残します。50代半ばくらいのその男性、ぼくの要望で、お忙しい中サロンにのみいらして下さったのですが、ただ話を聴いているだけだったO氏、終了後にメール下さって、『僕もよく正夢見んだよね実は。あの 物凄く長く眠るという女性の話が一番面白かった!(・・・・現場でこちらが気付かないだけで、外面からは人の心って読めないものだなあと、何だよ!そんならあの場で話してくれたってよかったのに、と思うも 後の祭り。しかし、20代の参加者の方、アスカさんが、亡くなったお婆ちゃんと出会ったことを、何故だか『人に軽々に話すことじゃないな』、と思い、母から似た体験を聞くまで、人には話さなかった、という感覚に繋がる気持ちだったのかもしれませんね。他の話しては下さらない方々の気持ちもまた然り、のようでした。)とのこと。そこを見逃さず、僕が聴き出さなければいけないのが、サロンの今後のテーマです。おそらくは予知とは本能的な、『生き物』なら皆持っている原始的感覚なのでしょう。やはり、どこかしら『おそれ』を伴うもの、なのかもしれません。前置きが長くなりました。では蛍さんの体験談を、だうぞっ。

 

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◆◆◆蛍先生の作品 『まさゆめ』

 

 

 

用事がない時、私はずっと眠り続けてしまう。

 

家族が止めるまで、お腹が空かず、トイレに行きたくなければ……、何時間も十数時間眠る。

 

許される時間があれば。自分の生活に支障の出ないくらいの時間なら、眠ってしまおうと常に思っている。

 

 

 

もちろん、他の人とした約束の時間は守る。

 

この眠り癖が、人に迷惑をかけないようにと、私は気を使ってきた。

 

外の世界で、眠りすぎた責任を取るのは、自分ひとりしかいない。

 

 

 

幼稚園へ行く朝、ベットサイドで壁を見つめて、丸をじっと眺める。

 

ちくたく、とふるっと、針が震える。はち、に。

 

≪はち≫と≪に≫で、行くとお母さんが言っていたから、もそもそと起き上がる。

 

 

 

≪に≫は、じゅう、なの?

 

はち、じゅう、はち、じゅう、はちじ、じゅう、ふん、ぷん?

 

はちじ、じゅうふん……八時一〇分。

 

 

 

時計は、ただの絵画のようなものに見えた。

 

針は刺している。

 

人と共に生きる時間を。

 

自分の心でも、人と共に生きる時間で感じなくちゃ。

 

ぼーっとしすぎてはならない。

 

その針を、ちゃんと感じて、自分が動かねばならないんだ。

 

わたしは針を考えずおっとりしているから、いけない。

 

小学校に上がるときに、頭のどこかでそんなことを考えていた。

 

 

 

いつも、眠る前に身支度をすべて整える。

 

ベッドの傍に次の日の衣服を用意する。鞄に全てのモノを詰める。

 

 

 

小学校の時、朝の身支度が苦手だった私は、先生によく叱られた。

 

忘れ物が多かったからだ。

 

先生の話も上の空で聞いているから、大切な事が分からず、とにかく忘れ物が多いのだ。

 

先生の冷たい眼差しに耐えられるクラスメイトはいるが、私には耐えられなかった。

 

変に自分を信用することはやめよう。

 

そう思って、夜に支度を済ませる癖をつけて律した。

 

明日ひとりで生きる自分へのプレゼントだと思えた。

 

入眠儀式。

 

そうすると、とても気持ちよくお布団に入れた。

 

 

 

ふわふわの毛布。くふふと笑みが零れる。

 

 

 

嫌な事を拭い去る布団ではなく、明日がわくわくする布団になった。

 

だいすきなだいすきな夢を、本気で、心地よく見たい。

 

 

 

現実にあとくされなく、夢に旅立ってゆく。

 

 

 

大人になっても、変わらない。

 

平日の仕事の日。

 

最後の起床時刻を告げるアラームが鳴ると、すぐさま階段を駆け下り、スマホを鞄へぶち込み、寝ぐせ直しを髪につけながら、歯を磨き、その勢いでトイレへ行き、オーブントースターにパンとウインナーを入れる。

 

お弁当を前の夜に作った日は電子レンジで温め、お湯を沸かしてから、メイクを始める。

 

 

 

着替えとメイクとヘアセットの時間は十五分ほどと決めている。

 

それより時間が少ないと、出で立ちがひどすぎる。

 

 

 

身支度を整えた頃に、オーブントースターがチーンと鳴る。

 

沸かしたお湯でお茶を作り、鞄に詰め込む。

 

それでお出かけセットは終わりだ。鞄の上にコートを掛ける。そうして朝食を食べる。

 

時間になったら、すべての作業を打ち切る。

 

 

 

外の時間を守るように、鞄を持って外へ駆け込む。

 

その目まぐるしい朝を見て、姉は「お前は自衛隊とか、消防士なのか?」と言う。

 

今の職場の先輩に話すと、ぽかんと口を開けて、そんな短時間でお弁当作ってきたのかとびっくりされるくらいだ。

 

もうすっかり習慣づいている。

 

 

 

――心置きなく、夢をあじわう。

 

眠りの時間は、私が絶対優位の世界だ。

 

だから、病みつきになる。眠ること。夢で遊ぶこと。

 

 

 

現実ではお姉ちゃんが注目されてばかり。目立つクラスメイト。

 

陰で、ほがらかに微笑むわたし。

 

……。

 

 

 

夢を、見にゆこう。

 

 

 

私が物語の主人公になれる。

 

私ではない人になっていたり。

 

世界がおかしい。

 

いつもの世界に似せているようで、違うお店がある、小道がある。

 

いちいち感動する。

 

はじめての光景を、捉えようと必死だ。

 

 

 

私は、空を飛ぶ。

 

魚のように、泳ぐ。電信柱の遥か上を。

 

たくさんの急上昇……尾ひれを振るようにして急降下。

 

下で子供たちが手を振る。私も、おーいと振り返す。

 

両手でたくさんの風を集め、後ろに流してゆく。

 

 

 

小学校の友達が出てくる。私も飛びたい、と言われて、力を分けてあげる。

 

その子は天高く泳いでいく。

 

力を込めてまた飛ぼうとすると、少ししか浮かなくなっている。

 

あれ、あ、そもそも、あたし、空を飛べないじゃない?

 

夢を疑うと、飛ぶ力がなくなってゆく。

 

あれ、あれ?あたし、いつも飛べてたのに。……≪いつも≫って?

 

ぺたんと足が地面につく。

 

 

 

目が開く。

 

光る、天井、朝。

 

 

 

私は飛べないんだった。

 

世界で、ひとりで飛べる人はいない。

 

私は飛んでいたとき、どんな気持ちだったんだろう。

 

とても、気持ちが良かった。

 

――どうしてだろう?

 

ああ、私は、注目されたかったんだな、と気づく。

 

友達が出てきて、気疲れして、あたし、飛べなくなった。

 

自分になんら力がなくて、ちっぽけだと、思い出したんだ。

 

みゅう、と小さく泣きそうになって、階段を駆け下りる。

 

ご飯を少しだけ食べ、ランドセルをしょって学校へ向かう。

 

夢と違う日常に、私が変えていこう。

 

強く成長してゆくことを、みずから願う。外の時間へ駆けてゆく。……。

 

 

 

***

 

 

 

寝つきが悪い時もあるが、眠りのスイッチが押されてしまえば、くてんと動かない。

 

地震が起きても、すぐ眠りに落ちる。

 

雷がとどろき、街が停電する日だとしても、眠っている。

 

お前は、災害の時逃げ遅れて死ぬとかではなく、気づかないまま眠って死ぬんだろうな、と幼い頃から言われていた。

 

 

 

眠る直前、空気がやさしく床に降りてきた感じがする……何よりの幸せだ。

 

ふわふわの鳥の羽が床に落ちる。なぜか閉じた瞼でそう感じる。ほんとうには落ちていないだろうが。心が、浮いてゆく。

 

叱られる事もない。笑いすぎることもない。

 

下手に気をすり減らすことはない。

 

 

 

 

 

一晩の夢を見る。

 

いくつもの、ストーリー。

 

 

 

途中で起きてしまったとき、この夢の続きが見たいなあと思って眠る。

 

うまく成功したときは、とても嬉しくて、のたうちまわって内心喜ぶ。

 

けれど、まったく違う世界に変わって、奇妙な夢の結末を迎える。

 

どうやら、夢とは意識で操作しようとすればするほど、悪い結末を迎えてしまうモノみたいだ。

 

 

 

嫌だと思うこと、思考しようとしないようにと、頑張っていること。

 

そんな自分を抜け出し、夢たちはやってくる。

 

日常では考えられないモノを見る。憂さを晴らしている。

 

 

 

そうやって、私たちはバランスを保っているらしい。

 

 

 

記憶には無いが、私はストレスが強い日、眠りながら怒っているらしい。

 

アアアッといきなり罵声を上げている日があるらしい。

 

そうしているかと思えば、ケラケラ笑ってキュフフフ、とご機嫌な時もあるらしい。幼い頃から、今でも、夢を超絶楽しんでいる。

 

 

 

そのなかでも、一風変わった夢がある。

 

……。

 

ざわめきを感じている。

 

二・三秒の、いや一秒もないかもしれない、≪映像のフラッシュ≫……。

 

 

 

 

 

 

 

十三歳、中一。

 

私の脳裏に刻まれた正夢の光景は、まだ少し残っている。

 

クラスからバスケットコートが見えた。高さは、この程度だから、中一の教室だろう。

 

写真のように覚えている。そして周りのざわめき。

 

友達とのお喋り。

 

紙パックのジュースを持って、愁いを帯びて見下ろす。

 

寒そうな吹きさらしの校庭……だから、冬。

 

春は桜が満開のバスケットコートだから。

 

……私が言う。

 

「ねえ。それ前にも言ったんじゃない?」

 

 

 

そこで終わる夢だった。

 

 

 

夢の続きは、それから二週間ほど。

 

現実では、友達は不思議そうな顔をして黙った。

 

脳が後ろに引っ張られるような感覚がする。

 

あ、と映像がよみがえる。夢の、二・三秒の、≪先撮りフラッシュバック≫。

 

夢で見た、この映像。そして感覚。

 

リプレイして思い出す。

 

短い夢では捉えきれず、どこかぼやけていた紙パックのジュースは、りんご味。

 

これが、正夢かと、現実で起きてから夢の続きを知る。

 

 

 

私ひとり、そんな奇妙な体験をする訳ではないらしい。

 

中学校の合唱の授業の時。

 

クラスメイトが「ああ、これ正夢で見たことがある!」と叫んだ。

 

さざ波のように、その動揺が広がってゆく。

 

まさにこの光景だった、と力説する彼女の言葉をきっかけにして、クラスで正夢の話で持ちきりになる。

 

私もね、とさらに二、三人沸き立つ声を聴いて、いいなあとうらやむ人もいれば、オカルトだと冷ややかな目で見る者もいた。

 

 

 

正夢で見るなんてことは、私だけではないのだろう。

 

意外と多いものなのだなと思えた。

 

なぜか、そのぼんやりとした確信が、胸の中にあり続けている。

 

 

 

科学的には、現実で起こった事に既視感があれば、脳が「正夢だ」と勘違いをしただけだという。

 

それはあるだろうが、それだけではないと思った。

 

妙な、確信めいた気持ちがある。

 

 

 

正夢で見たからといって、何の事件も無く、日常は過ぎてゆく。

 

なにか起こってくれればおもしろいのに、と思ってしまうときもある。

 

 

 

――正夢は、一瞬の閃光のように過ぎていく。

 

電球が切れた時のフラッシュのように。

 

電圧に耐えきれず、切れる。その光のような。

 

光とともに、いきなり現れた空間。

 

 

 

前後に起こった事など、分からない。

 

現れて、考えるしかない。受け止めるしかない。

 

分からないまま、世界が続きからはじまっている。

 

私は当然のように、その続きのなかで生きている。

 

 

 

私の、外側は動く。

 

ナニカに反応して、動いている。

 

夢を見ている「わたし」が身体の中にいるのに、目でしっかりとみているのは、夢からやってきた「わたし」なのに。

 

意識通りに、身体が動かない。

 

夢の「わたし」は、もどかしい。これは何だと、叫びたいのに。

 

 

 

外側の私からは、声が勝手に出て、世界と反応していく。

 

手足がなぜ動いているのか、ここはどこなのか、どういう状況なのだろうか。……夢からやってきた「わたし」には分からない。

 

ただ、薄皮越しに、その世界で生きる私を感じる。

 

 

 

――外側の私は、まばたきをした。

 

フラッシュが焚かれて、「わたし」は現実に還る。……。――

 

 

 

 

 

いつも、正夢はストーリーではない。

 

数秒間の、突発的な映像だ。

 

どれが正夢か、夢か、ボーダーラインは少しぼやけている。

 

 

 

ときどき、嘘の正夢を見せる。

 

フラッシュする夢だったから、正夢だろうと思って起きる。

 

自分を律して構えている。いつでも来いよ、と。

 

それなのにいつまで経っても起きない。

 

あ、ダミーか!と、初めて気がつく。

 

いくつも、いくつも。それっぽいものを見せる。その中に、正夢を混ぜてくる。

 

 

 

これもあれも、まさかのダミー。

 

意外と気まぐれだったたりするものだ。

 

 

 

むかしみた、ゆめ。

 

身の毛がよだつ思いがして、起きた。夢の内容は、覚えていなかった。

 

イライラして目が覚めた。昨日は十三時間働いていた。休憩はどんなに働いても一時間だった。食事の時間しか座らず、すっと立っていることが、こんなにもしんどいと思わなかった。

 

ホテルのウエイトレスとして、短期アルバイトをしている頃。

 

髪が長いとお団子を結わなくてはならない。朝からそんなのは面倒で、髪はショートからセミロング一歩手前で保っているとき。

 

 

 

いやな夢を見た気がする。

 

暗転する前。その一秒ほどの世界を、私は必死になって感じ取る。

 

それも、なぜか、いやだ。

 

 

 

 

 

電車で朝ご飯を食べる。

 

八時出勤、宴会やウェディングサービスを三つはしごして、帰りは夜の九時。食事の時以外はずっと立ち通しだった。ホテルに住んだほうがいいんじゃないかと思った。

 

ひとつの宴会は二時間で終わる。

 

その前は何をしているかと言えば、フォークやスプーンのシルバー磨きをしたり、食器をテーブルにセットしたり、雑用だ。

 

宴会が終われば、お客の飲み物を大きなバケツにひっくりかえしていく。

 

きらめいていたワインなどが混ざり合い、淀んだ色になる。

 

食べ残しは、洗浄のおじさんやおばさんに渡していく。

 

次の宴会のためにテーブルを搬入し、オーダー通りの食器やナプキンをセットアップする。

 

お疲れ様、と心のなかで声をかける。

 

私は大きなワゴンを一人押して、洗い場へ向かう。

 

 

 

歩くたび足がズキズキと痛む。

 

フォーマルな黒革靴を履いて仕事をする事に慣れておらず、私は先輩におすすめのメーカーを教えてもらったところだった。

 

靴が合わないのに立ち通しだったため、よく酸欠と貧血に近い状態になっていた。

 

長時間の立ち仕事で、今日も歩くたびに鈍い痛みが走る。

 

自分の足が、腐った林檎のように思えた。

 

 

 

おじさん、お願いします、と声を掛けると、ほおい、と空返事が返ってくる。

 

洗い場の床に座って、洗面器に入れた銀食器の黒ずみを取ろうとおじさんが磨いている。

 

最後に、高温でシルバーを洗浄するのだろう。

 

確かにそういう作業は、こっそり座りたくもなるのだよな。

 

腰を悪くしがちな洗浄のおじさんを、私はひそかに思う。

 

 

 

ナイフやフォークが洗面器から床に落ちてしまっていた。

 

それをかき分け、私はグラスが二十個ほど入ったラックを持ち上げ、踏みしめて歩く。すこしよろけながら。

 

痛烈な痛みが走った。オーバーワークで脳がとろけつつ、おかしいと分かった。

 

 

 

ブヅッッツ……と。

 

身体の内側まで、何かが鈍く刺さった気がした。心臓まで、突き抜ける、鈍い痛み。

 

この痛みは、どこから、来るの?

 

高揚していた頭が、急激に冷静になろうとして、泡立っていく。

 

持ち上げていた重たいラックを慌てつつも、ゆっくり洗い場の脇に置く。

 

右足を浮かせながら。

 

 

 

このコップたちを、洗い場の人たちに頼んで、会場まで戻って、最後の仕上げをすれば、私は退勤出来るところだった。

 

 

 

後ろを振り返ることが出来ない。

 

私はゆっくりと右足を持ち上げる。

 

私の黒い革靴に、銀フォークが。

 

ぶっ刺さっていた。貫いていた。

 

直角に、革靴に、刺さっていた。

 

靴の内側で、じんわりと痛みが広がっていく。

 

右足を地面から上げた状態で、私は静止した。

 

フォークが、靴からビイイイン、とそそり立っていた。

 

 

 

あ、これは、ナニカ、ナニカ、刺さっている、ああ、ああ、言葉を無くす。

 

とろけた脳が回復するまえに、このフォークをどうしようかと思った。こんなの、信じてもらえない、沢山の思考が駆け巡る。

 

 

 

二週間前ほどに見た夢。

 

……シュルレアリスム絵画?

 

ポーン、ポーン、ポーン……音が響きそうなほど、静かだ。

 

バレリーナが片足立って踊るような。

 

私の右足は、≪パッセのポーズ≫。

 

おのれの下半身を見下ろすところから、夢の映像がはじまる。

 

 

 

光る銀?

 

右足に銀フォーク。

 

 

 

見事にぶっ刺さっていた。それはまるで、一枚の絵。

 

黒靴に銀のフォークが聳え立つ。

 

悩ましげに、少し斜めに刺さっている。

 

バレエのパッセのポーズのように、右膝を折り曲げ、フォークの持ち手を天に翳す。

 

 

 

自らの足だと思わない。なぜなら、痛覚がない身体。

 

でも、これは、私の身体……なのか。

 

突き刺さっているじゃないか!

 

全身が泡立つ。

 

奥歯を噛みしめた瞬間、凄まじい閃光で目覚めた。

 

 

 

それは――、

 

私が見たなかで、痛烈な正夢だった。

 

そのあとすぐ、ホテルのバイトを辞めた。……。

 

 

 

 

 

友達のボケを正夢で見るほうが、よかった。

 

その頃は、大きな事件が起きればおもしろそうだと思っていた。

 

事件の犯人を予知出来たらいいのにと思っていたこともあった。

 

その苦悩を、少し垣間見た出来事だった。

 

 

 

このフォークの夢は、警告にも受け止められるし、何でもないと言われればそうなのかもしれないと思えてさえする。

 

正夢に、意味はないのかもしれない。

 

ただひとつ分かることは、それらは、≪非日常に移った瞬間≫であった。

 

数々な夢と、その後を見ると、そう思える。

 

 

 

私の中一の頃の正夢は、友人の言っている事が、妙に大人びて感じられる頃だった。

 

寒い外を見つめる私は、暖かい教室でバスケットコートを眺めていた。

 

あのとき、あのまどろんだ雰囲気のなかで、私は個人としての「わたし」を物憂げに見つめていた。

 

蓮の花がひらくようだ、と、あの教室の雰囲気を、私は肌で感じていたように思う。

 

私だけではなかったように思う。

 

瞳がうまくかち合わないと、クラスメイトが、それぞれ思っていたような気がする。

 

ガラスに透けた寒空の中の、わたしを眺める。

 

日常をすり抜けたような、教室の空気だった。

 

はじめて自分というものに、密やかに気づいた頃。

 

 

 

日常と、ささやかな非日常。

 

ハレとケを、すり抜けては繰り返す。

 

そうして、私たちは人生のステップを踏みしめてゆく。

 

私のささやかな変化のシーンを、夢たちは、鏡のように映しているのかもしれない。

 

 

 

夢がナニカ教えてくれるわけでもない。

 

気まぐれに、非日常をカメラで撮って、伝えようとする。

 

意志を持っているわけでも、ナニカを伝えようとしているわけでもない。

 

 

 

ただ。

 

私が新たな出会いをした事を、ほんの少しでも教えたがっている。

 

 

 

幼い子が、ちいさな特別なことを、大人に伝えるような。

 

それを先取りして伝えるような……。

 

そんな、わたしのせっかちな夢のはなし。